谷・阿部特許事務所


同一の発明の優先権主張および数値範囲の新規性に関する
EPOとGPTOにおける実務上の差異
J. Schmidtchen*
監修:阿部和夫


I. はじめに

優先権を有効に主張するための要件は、とりわけ、国際市場で活躍する企業や外国に特許出願をしている企業にとって、特許法上の昨今のプラクティスにおける重要な問題である。それ故に、このトピックは極めて広く関係している。また、広い数値範囲およびその下位の範囲あるいはその中間値の新規性は、特許法上の極めて特定の問題である。よって、そのようなトピックは、同じ広さの関連性をもたない。

従って、一見して、一方では同一の発明の優先権主張に関する要件、他方では広い数値範囲とその下位の範囲および中間値の新規性という2つのトピックが、何故一緒に議論されるのかが不可解かもしれない。しかしながら、下記の議論が示すとおり、同一の発明の優先権を主張するための要件は、新規性を判断するための開示要件と実質的に対応する当初の開示要件に基づいているため、2つのトピックはお互いに密接に関係しているのである。とくに、これらのトピックに関してEPOとドイツとの間に差異がある場合には、それらの差異は、外国の出願人にとって大きな影響を有しかねないので、外国の出願人はこれらの差異について承知しておくべきである。

ヨーロッパ特許庁(EPO)の拡大審判部およびドイツ連邦最高裁判所(BGH)の、有効に優先権を主張するための要件と数値範囲およびその下位の範囲および中間値の新規性とに関する最近の判例法が、有効に優先権を主張するための要件の積極的な明快さをもたらし、数値範囲およびその下位の範囲と中間値の新規性(または、当初の開示)についての、EPOとドイツとの間の顕著な違いを確認した。

よって、まず、同一の発明の優先権主張のための要件、ついで、数値範囲およびその下位の範囲と中間値の新規性または当初の開示の基本的なことが別々に論ぜられ、そして、2つの問題の相互の影響および実務への帰結が論ぜられる。

II. 同一の発明の優先権主張

1.ヨーロッパ特許庁

最近、EPOの大審判部は、見解G2/98(2001年度のEPOオフィシャルジャーナルの413頁以降に掲載)において「同一の発明の優先権を主張するための要件」についての見解を与えた。

見解G2/98の前は、EPOの審判部の判例法は、先の出願の同一発明の優先権を有効に主張するための要件に関して、基本的に2つのアプローチをとっていた。即ち、
  • 後の出願のクレームにクレームされた主題事項は、先の出願中に少なくとも黙示的に開示されていなければならない(しばしば、新規性テストと称される)。
  • 後の出願のクレームにクレームされた主題事項は、先の出願に開示されていなければならないが、先の出願中に開示されていない追加の特徴であって、クレームされた発明の作用および効果に関連しない特徴は、有効に優先権を主張するための妨げにはならない(「snackfood/HOWARD」審決T73/78において明らかにされた)。
明らかに、2つのアプローチは全く異なるもので、EPO最高部門である拡大審判部は、その問題を解決しなければならなかった。今や、見解G2/98の後、後の出願のクレームにクレームされた主題事項が、通常の知識をもって先の出願から全体として直接かつ一義的に導き出され得る場合にのみ、同一の発明の優先権を主張することが可能であることは明らかである。オリジナルの開示に関するEPOの判例法に詳しい人物であれば、下線の定義が対応EPOの判例法において等しく用いられていることを認識するであろう。

2.ドイツ

ドイツ連邦最高裁判所(BGH)は、特許関連の問題に関するドイツ最高峰の裁判所であり、最近、「同一の発明の優先権主張のための要件」についての判決を下した(「Luftverteiler" = Air Diffuser, Mitteilung der Deutschen Patentanwalte, 2001, pp. 550 et seq.」に掲載)。

「Luftverteiler」判決以前は、下記の点において、ドイツ連邦特許裁判所(Bundespatentgericht = BpatG)の判例法に差異があった。

  • 同一クレーム中の特徴は、同一の優先権、即ち、クレームの特徴の一体の優先権を有していなければならない(例えば、BpatG, "Metallschmelzvorrichtung" 参照)。
  • 同一クレーム中の特徴は、異なる優先権を有してもよい(例えば、BpatG, "Hakennagel" 参照)。
前記ドイツ連邦特許裁判所の判決は、後にドイツ連邦最高裁判所に上告され、「Luftverteiler」判決の根拠を構成し、同一クレーム中の特徴について異なる優先権を許容した。

「Luftverteiler」判決において、ドイツ連邦最高裁判所は、同一クレーム中の特徴は同一の優先権(単一の優先権)を有していなければならない旨を明確にした。

判決文に含まれる頭注および判決理由において、ドイツ連邦最高裁判所は、明示的にEPOの拡大審判部の「見解G2/98」を参照して、同一の発明の優先権を主張するための要件は、ドイツ国内においてもEPOにおいても同じであること、即ち、主題事項は先の出願から直接的かつ一義的に導き出され得なければならない、ということを明示的に述べた。

3.結論

従って、同一の発明の優先権を主張するための要件に関するEPOとドイツ連邦最高裁判所の判例法は同じである、一致を見た。即ち、同一の発明の優先権を主張している主題事項は、先の出願から直接的かつ一義的に導き出され得なければならないので、先の出願から主題事項を直接的かつ一義的に導き出す条件が同じであるならば、EPOとドイツとの間にはなんら根本的な差異はない。しかしながら、後述するように、条件は必ずしも同じとは限らない。

III. 数値範囲およびその下位の範囲(sub-ranges)と中間値(intermediate values)の新規性

1.ヨーロッパ特許庁

ヨーロッパ特許庁の判例法は、広い数値範囲から下位の数値範囲を選択することに向けられている、いわゆる選択発明(selection inventions)を許容しており、そのような、いわゆる選択発明の新規性は、下記の各基準が充足されているときに、EPOの判例法において認められている。

  • 選択された下位の範囲は、(公知の範囲と比較して)狭くなければならない;
    選択された下位の範囲は、先行技術において実施例により示されているような公知の範囲の好ましい部分から十分に離れていなければならない;
  • 選択された下位の範囲は、先行技術からの任意の実例(arbitrary specimen)、即ち、先行技術の記載の単なる実施の態様ではなく、他の発明をもたらさなければならない(合目的的選択)。
これらの基準は、「審決T279/89」において確定され、審判部の多くの審決で確認されている。

「見解G2/98」において、拡大審判部は、理由の8.4にいわゆる選択発明に関する「付随的意見」(判断されるべき事件の部分ではない事項についてのコメント)を与えた。そこでは、拡大審判部は、「さもなければ、特に化学の分野における選択発明に対する特許の保護は、これらの基準が選択発明に関して優先権の主張を評価するときに十分に満たされていない場合に、ひどく害されるであろう。」と述べた。拡大審判部は、「付随的意見」部分において、いつものごとく他のコメントに加えて、いわゆる選択発明とは「・・・広い数値範囲からの下位の範囲・・・の選択」であると定義している。

従って、EPOの拡大審判部は、いわゆる選択発明は欧州特許条約に従っているとの見解を明らかにしている。

それ故に、EPOの拡大審判部は、特定の事件において、いわゆる選択発明についての見解を述べていないが、選択発明に関するEPOの実務に対応する事案が将来的に拡大審判部に持ちこまれた場合には、このEPOの実務を確認するものと思われる。よって、いわゆる選択発明に関するEPOの実務は将来も変更されることはないであろうと予測される。

さらに、EPOは、クレームを補正する目的のための、広い数値範囲の開示による下位の範囲または中間値の開示に関しては、常に極めて制限的であった。この制限的なEPOの実務は、本「付随的意見」においてもはっきりと確認されている。

それは、EPOの実務において、次のことを意味する。
先行技術文献中の広い数値範囲の開示は、必ずしも全ての事件において、この広い範囲のうちの下位の範囲および/または中間値を開示する必要はないが、特別な状況においては、上述されたように、選択発明は可能であり、新規性ありと考えられる。さらに、
当初の出願書類、即ち優先権出願における広い数値範囲の開示は、EPOの実務において、出願の補正または優先権の主張を目的とするためには、この広い数値範囲のうちの下位の範囲または中間値を開示したものとは考えられない。

2.ドイツ

ドイツ連邦最高裁判所は、1990年の「Crackkatalysator」事件の判決から、オリジナルの開示および/または、広い数値範囲のうちの下位の範囲および中間値の新規性についての問題に関するドイツ判例法を下記のごとく明確にした。「Crackkatalysator」判決(GRUR1990、510頁以降参照)において、範囲の当初の開示(本件においては、「50ppmまで」)は、そうでないことが明示的に記載されていない場合には、示された限界(本件においては、同様に上限が「10ppm以下」)内の全ての可能性のある数値を開示しているものと判断された。中間値の開示に関する対応判例法は、「Chrom-Nickel=Legierung」判決(GRUR1992、842頁以降参照)で明確に確認されている。

出願を補正する目的のためのオリジナルの開示の要件は、先行技術との関係において後の出願の新規性を判断する目的のためのオリジナルの開示の問題に適用されることは避けがたいので、対応する判例法は、先行技術に開示された広い数値範囲から選択された下位の範囲または中間値の新規性を認めることはできないという点で、ドイツにおいてはいわゆる選択発明を禁止している。

この結論は、対応する判例法がEPOの判例法に反していることをはっきりと確認したドイツ連邦最高裁判所の「Inkrustierungsinhibitoren」判決(GRUR2000,591頁以降参照)において、はっきりと確認された。

ただし、この判例法は数値に関するものであって、化合物に関するものではないことに留意されたい。

2001年5月31日にEPOの見解G2/98が出た。拡大審判部のメンバーおよびドイツ連邦最高裁判所の対応する司法府の裁判官は、密接かつ迅速に連絡を取り合い情報交換をしている。ドイツ連邦最高裁判所は、拡大審判部の積極的な付随的意見を知りながら、オリジナルの開示および/または広い数値範囲およびその下位の範囲および中間値の新規性に関する上記の判決を、2001年7月26日の判決(「Filtereinheit」、Miteilung der Deutschen Patentanwalte 2002, 16頁)において再び確認した。従って、対応するドイツ判例法が変えられることはないであろうと思われる。

従って、ドイツにおいては、EPOの実務とは異なり、

  • 先行技術文献中の広い数値範囲の開示は、後の出願の新規性を判断する目的のためには、この広い数値範囲の全ておよびあらゆる下位の範囲および中間値を開示しており、さらに
  • 特許出願における広い数値範囲の開示は、出願自体が、対応する下位の範囲または中間値が発明から除外されるべきであることを明確にしていない限りにおいて、クレームされた発明の補正または優先権の主張の目的のために、下位の範囲または中間値を選択することを許容している。

IV. 実務上の帰結

1.概論

以上のことから、同一の発明の優先権を主張するための「方式上の」要件については、EPOとドイツとは合致していることは明かである。即ち、同一の発明の優先権を主張している対応の主題事項は、(単一の)先の出願から直接的かつ一義的に導き出され得なければならないということである。しかしながら、数値範囲およびその下位の範囲および中間値に関わる新規性についての異なるアプローチの議論から明らかになったように、EPOとドイツの実務および判例法は、主題事項が先の出願または同一の出願または先行技術文献から直接的かつ一義的に導き出される場合には、条件によってかなり異なる。

いつ、どのようにして主題事項が直接的かつ一義的に開示されるかという問題についてのヨーロッパ特許庁の実務は、総じて非常に制限的である。この非常に制限的な実務が、いわゆる選択発明を可能にしている。

ドイツにおいては、いつ、どのようにして主題事項が直接的かつ一義的に導き出され得るかという問題についての実務は、EPOと比べてそれほど制限的ではない。これは、例えば、数値範囲の明記は、この範囲内の全ておよびあらゆる下位の範囲および中間値を開示しているとのアプローチに反映されている。

主題事項が、優先権出願、特許出願または先行技術文献に直接的かつ一義的に記載されている場合の問題への異なるアプローチが、優先権主張および先行技術との関連性の実務において著しく異なる結果となっている。

2.EPOにおける優先権の主張

EPOは、同一の発明の優先権を有効に主張するためには、クレームされた主題事項が先の(例えば、単一の)出願(優先権出願)の開示から直接的かつ一義的に導き出され得ることを要求している。特に、特定の数値または数値範囲の開示について、同じことが先の出願に開示されていなければならない。さもなければ、同一の発明の優先権を主張するための要件は充足されない。

例えば、優先権出願(最初の出願)が、要素Aの含有量は0.0080から0.0280(ppm)の範囲(=広い数値範囲)、好ましくは、0.0080から0.00140(ppm)の範囲にあるべきこと、実施例として、0.0080、0.0085、0.0100、0.0110、0.0135、0.0140、0.0145、0.0180、0.0260および0.0280、比較例として、0.0070および0.0290(ppm)を開示しており、さらにAの含有量に関して、特性2(添付グラフ参照)ではなく、特性1を記述している場合、0.0120から0.0260または、0.0200から0.0220(ppm)の範囲についての優先権を主張することはできない。何故ならば、それらは明示的に開示されていないからである。

従って、EPOにおける出願の優先権を確立させることを可能にするためには、カバーされるべき全ておよびあらゆる下位の範囲および中間値を最初の出願に明示的に開示することが必要である。

3. GPTOにおける優先権の主張

GPTOは、同一の発明の優先権を有効に主張するためには、EPOと同様に、クレームされた主題事項が先の(即ち、単一の)出願(優先権出願)の開示から直接的かつ一義的に導き出され得ることを求めている。しかしながら、特定の数値または数値範囲の開示に関しては、同じことが先の出願に明示的に開示されている必要はなく、同じ範囲をカバーしている数値範囲が先の出願に開示されていれば十分である。EPOの実務とは異なり、同一の発明の優先権を主張するための要件としては、これで十分である。

上記の例において、優先権出願(最初の出願)が、要素Aの含有量は0.0080から0.0280(ppm)の範囲(=広い数値範囲)、好ましくは、0.0080から0.00140(ppm)の範囲にあるべきこと、実施例として、0.0080、0.0085、0.0100、0.0110、0.0135、0.0140、0.0145、0.0180、0.0260および0.0280、比較例として、0.0070および0.0290(ppm)を開示しており、さらにAの含有量に関して、特性2(添付グラフ参照)ではなく、特性1を記述している場合、0.0120から0.0260または0.0200から0.0220(ppm)の範囲について優先権を主張することができる。何故ならば、それらは、たとえ特性2が最初の出願に開示されていなくても、明示的に開示されているものとみなされるからである。

4. EPOにおける広い数値範囲を開示している先行技術との関連性

選択発明の概念に関して上に説明したように、広い数値範囲を開示している先行技術文献は、特定の条件下では、全ておよびあらゆる下位の範囲および/または中間値を開示しているとはみなされない。III 1.(i)から(iii)に挙げられた条件が充足されているときは、広い数値範囲は、その下位の範囲および/または中間値を開示していない。よって、いわゆる選択発明は可能である。

再び上記の例を用いると、先行技術文献は、要素Aの含有量が0.0080から0.0280(ppm)(=広い数値範囲)の範囲、好ましくは、0.0080から0.0140(ppm)の範囲であり、0.0080、0.0085、0.0100、0.0110、0.0135、0.0140、0.0145、0.0180、0.0260および0.0280の実施例、さらには0.0070および0.0290(ppm)の比較例を各々開示し、そして、要素Aの含有量との関係で特性2ではなく、特性1を説明している(添付グラフ参照)。さらに、第二の出願は、要素Aの含有量が0.0120から0.0260(ppm)の範囲、好ましくは、0.0200から0.0220(ppm)の範囲であり、要素Aの含有量との関係で特性2を説明している(添付グラフ参照)。そこで、上記III 1.(i)から(iii)に記載された条件を適用すると、0.0200から0.0220(ppm)の範囲は新規性を有するものとみなされ、いわゆる選択発明に関するヨーロッパ特許が許可される得る。0.0120から0.0260(ppm)の範囲は、III 1.(i)および(ii)が充足されていないため、新規性有りとはみなされないことに留意されたい。

5. ドイツにおける広い数値範囲を開示した先行技術との関連性

ドイツでは、広い数値範囲を開示している先行技術文献は、広い数値範囲のうちの、全ておよびあらゆる下位の範囲および/または中間値を開示しているものとみなされる。従って、部分的な数値範囲および/または中間値の選択に関する、いわゆる選択発明は、受け入れられない。

このことは、選択発明に関わるヨーロッパ特許出願がドイツに対して効力をもって許可された場合には、厳しい結末となる。つまり、ヨーロッパ特許庁が許可した特許であっても、対応クレームは無効である。ドイツ連邦特許裁判所における無効訴訟は、発明の新規性が公知の広い数値範囲からの下位の範囲および/または中間値に関する選択発明の概念に基づいている限り、必ずや対応特許の取消に帰着するであろう。

再び上記の例を用いると、0.0200から0.0220(ppm)の範囲の要素Aの含有量に関する選択発明について許可されるであろうヨーロッパ特許は、ドイツでは無効である。なぜならば、0.0200から0.0220(ppm)の範囲は先行技術文献における0.0080から0.0280の範囲の開示に鑑みて新規性が認められないからである。

出願人がこの厳しい罠を知らないが故に、対応する重大な欠陥を有し、ドイツに対して効力をもって許可された膨大な数のヨーロッパ特許が存在することを理解することは重要である。

6. 実務上のアドバイス

EPOに出願される予定の特許出願のための優先権出願となり得る最初の日本出願に関して、広い数値範囲内の全ておよびあらゆる下位の範囲および/または中間値が、優先権主張および/または出願の補正を目的として開示されるべきであることを明確にしておくことが重要である。一般的な表示で十分か否かについての判例法はないが、試してみる価値は大きい。

ドイツを指定したEP出願が出願手続き上選択発明に関わるものである場合には、先に開示された広い数値範囲からの選択発明の場合、その範囲はドイツでは無効であることに十分留意しておくことが重要である。

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