谷・阿部特許事務所


産業財産法の中の民法
市原 政喜

 民法第1編を飾るのは総則であり、ここには一般法たる民法のさらに一般則が定められているわけであるが、ここに取り上げられた民法の基本概念の中でとりわけ魅惑的なものの一つが時効ではないだろうか。一口に時効といっても、特許法等の産業財産法では、いわゆる不法行為の消滅時効(民法724条)がなじみ深いが、民法総則にはさらにその一般則としての時効が定められている(民法167条)。一般則であるから他に定めがない場合は、この条文が生きてくることとなるが、一見明快なこの規定には解釈上、立法史的に大変興味深い部分があり、その内容は現代に通じ、参考になると思われるので、若干の説明を加えたい。

 この時効の規定の内容だが、第167条第1項に「債権ハ十年間之ヲ行ハサルニ因リテ消滅ス」に規定され、第2項に「債権又ハ所有権ニ非サル財産権ハ二十年間之ヲ行ハサルニ因リテ消滅ス」と規定されている。この内容は、条文の記載から明らかなとおり、第1項の対象たる権利は債権であり、第2項の対象は債権及び所有権を除く他の財産権である。すなわち、本条によって債権一般は10年の時効期間を持って消滅する旨規定し、その例外規定としてその他の特定の債権を特則として時効期間を定めている。
 ここで、財産権とは、債権、所有権その他法律で認められる様々な権利を含む広い概念と考えられ、具体的には、地上権、永小作権などの用益物権等が含まれる。一方、所有権は絶対的な権利であり、そもそも消滅時効にかかり得ないと考えられることから、第2項の対象は第1項に定める対象以外のすべての権利と考えることができる。つまり、消滅時効の一般則として第1項に債権一般は10年の時効期間を持って消滅する旨規定し、その例外規定としてその他の財産権の時効期間を20年とするという法構成を持つというのが従来の通説であった。

 しかし、以上述べた時効観を通説としながらも、立法史的あるいは起草思想の精緻な解釈により、問題点が指摘された。
 すなわち、消滅時効の対象となる権利について、通説は、167条第1項を債権の消滅時効に関する一般規定として、原則すべての債権が対象であることは明らかであるとするが、本当に明らかであるか否か。次に、時効期間について、やはり通説は本項が「債権ハ10年間」と有ることから、原則すべての債権が10年間の時効期間に服すことが明らかであるとするが、本期間が本当に妥当か否かである。以下、内池「民法167条における債権10年時効制の立法史的意義とその現在的課題(1)(2)」(法学研究60・9,60・10)の立法史的あるいは起草思想の解釈をもとに債権「10年時効」の問題点を述べる。

 民法の立法過程において時効制度については、起草委員梅から時効期間は、ローマ法以来各国法でも伝統的に30年間とされているが、取引の要求・交通の発達等の理由から、この伝統を踏襲しつつも若干短縮し、20年期間を原則的時効期間とする説明がされている(内池・前掲「立法史的意義」)。この点から言えば、債権一般の消滅時効期間は20年となるべきであったと考えられる。ところが、梅の起草前、民法典の編纂の遅れにより本来民法に記載されるべき時効制度の一部が、裁判手続き上等の要請から「出訴期限規則」(明治6年太政官布告第362号)として制定された。これは、各種取引上の債権について、履行期を守らない場合の出訴期限を定めたもので、その期間の最長を5年とする短期時効にかかる特定の債権を対象とするものであるが、結果的に民法典成立の明治29年まで実体上時効期間の根拠として運用されることとなった。これが、後の民法審議過程において、原則20年時効に対しその短縮を主張される根拠となり、その妥協として「債権10年、その他の財産権20年」という二重期間制の導入が行われることとなった(内池・前掲「立法史的意義」)。しかし、ここで言う「債権」とは、立法過程において終始貸金債権等の契約関係及び取引関係の債権が意識されており、これらの債権のみに限定して時効期間を10年とすることを起草者は考えていたと見るべきである。とすると、少なくとも起草者の観点から167条の解釈は、上述の通説における「消滅時効の一般則として第1項に債権一般は10年の時効期間を持って消滅する旨規定し、その例外規定としてその他の財産権の時効期間を20年とするという法構成」ではなく、「消滅時効の期間は原則20年間とし、これを第2項に規定し、例外である(契約・取引に関する特定の)債権については10年として、第1項に規定するという法構成」が妥当すると考えられる。したがって、立法史的あるいは起草思想の解釈によれば、債権一般の時効はその他の財産権同様20年間とするのが妥当であると考えられる。
 さらに、法は時効を享受する義務履行者の利益とともに、時効により権利を失う債権者の利益をも確保する必要性を持つことを考慮すると、「債権10年期間」制の採用は、時効近代化の表現というよりも、むしろ権利保護の保証を欠いた過度の短縮化という様相を呈している(内池・前掲「立法史的意義」)ことから、この新解釈はきわめて魅力的である。

 とはいえ、内池の本指摘は立法趣旨、法解釈としては、きわめて妥当な結論であると考えられるが、既に立法から100年経過した現在において、この解釈がそのまま適用され得るかは困難な問題ではないかと思われる。また逆に、ビジネスや権利のサイクルが比較にならないほど短縮化された現代において、当時長い国では50年、最も短い国でも30年であった時効期間を10年という短期として規定した当時の我国民法の先進性は参考となる部分が多いのではないかと思われる。

引用文献

  1. 遠藤浩 他 『民法 注解財産法』(第1巻 民法総則 消滅時効-斎藤和夫執筆) 青林書院
  2. 内田貴 『民法I』 東京大学出版会
  3. 斎藤和夫 他 『レーアブッフ民法I(総則)』 中央経済社
  4. 我妻栄 『民法総則(新訂版)(民法講義I)』 岩波書店

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